コーヒーの時間は、時短できない

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

「日経ウーマン」という雑誌の5月号で、「しないことリスト」についての特集が組まれていました。

 

ポーランド出身という男性のコンサルタントの方が指南役で登場。

 

ご本人の「しないこと」が幾つか紹介されていました。

 

例えば、着るのは黒シャツだけ。

 

これは言わずと知れた、スティーブ・ジョブズが広めた習慣。

 

何を着るのか悩む時間を失くして、その分のエネルギーをすべきことに集中させる、というものです。

 

時短にはなりますよね。

 

ぐずぐずと時間をかけて、あれこれ悩むよりも、朝起きたらとにかくこれを着る、それで着替えは終わり。

 

すぐに、「次」に移行できます。

 

次に紹介されていたこの人の「しないこと」は、コーヒーを選ばない、つまり、飲むものは、缶コーヒー一択。

 

それも、ボトル式の無糖のブラック。

 

ボトル式だと、ふたがしめられるので、飲みかけでもカバンに入れられるとのこと。

 

合理的と言えば合理的なんでしょう。

 

ああ、でも、缶コーヒーですか。

 

と、ちょっと残念に思いました。

 

近年、その味わいが向上したとはいえ、缶コーヒーは缶コーヒー、レギュラーコーヒーとは違います。

 

機械で淹れようが、ハンドドリップを選ぼうが、コーヒー豆から抽出したコーヒーは格別なもの。

 

香り、コク、味の深み、それから、コーヒーを淹れるその時間。

 

コーヒーを味わうことが癒しの時間となるならば、コーヒーを淹れる時から、その時間は始まっているのです。

 

コーヒーを淹れる時間は作業の時間、飲んでいるときがくつろぎの時間、というわけではない。

 

そのように思います。

 

もちろん、生き馬の目を抜くビジネスの現場にあっては、コーヒーブレイクも、時短の対象なのでしょう。

 

コーヒーサーバーのある所までおもむいて自分のマグカップにコーヒーをつぐ。

 

ハリウッド映画ではおなじみのシーン。

 

でも、その時間がもったいない。

 

缶コーヒーなら、ひねってすぐ飲める。

 

でも、時短よりもくつろぎ。

 

マグロじゃあるまいし、全速力で走り続けても、効率は高まらない。

 

それよりも、時間を止めて、一息つく。

 

それが、2時間とかなら、問題でしょうけど、時間にして数十分、あるいは数分かもしれません。

 

その時間を、1日のうちに2回ぐらいは持ちたいもの、勤務時間内で。

 

そのかわりに、業務の時短は進めなくてはなりません。

 

無駄な時間でも、どう生かすのか。

 

緩急つけると言いますが、その「緩」にどれくらいのゆとりを持ち込むのか。

 

「時短」を進める一方で、業務の効率化に貢献する「無駄」だと思われている時間もまた、存在するのではないでしょうか。

 

それが、コーヒーブレイク。

 

そして、どうせ飲むのなら、おいしいコーヒーを。

 

缶コーヒーの味わいを否定はしませんが、やはり手間暇かけたコーヒーの味わいにはかないますまい。

 

その手間を惜しまずに時短してこそ、真の効率化ではないでしょうか。

 

でも、まあ、おいしいコーヒーが飲めれば、いいですよね。