何を買ったか、その積み重ねが物語になる

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

昨日のレシートスクラップ。

 

f:id:sayapapa2001:20190722080318j:image

 

シンプルな生活。

 

何を買って何を食べるのか、そういった日常のことも、僕たち自身の物語だ。

 

でもそれは、「演じている」というのとは、ちょっと違う、と思う。

 

役者が、ある役柄を演じるという時、本人と「演じている役柄」があるのが普通だ。

 

映画であれお芝居であれ、劇中で、セリフを言っても、なんらかの動作をしても、それは、役柄なので、役者本人のものではない。

 

「ほとんど地でやれた」ということもあるだろうけど、でも、それはどこまでいっても「本人」とは違う人格だ。

 

それが、演じている、ということなのだろう。

 

さて、僕たちは物語を生きている、というときには、この「本人」と「役柄」が同じなのだと思う。

 

だから、「物語を生きている」と言っても、演じているわけでは、ない。

 

ただし、自分の本心をごまかしている場合はそうじゃない。

 

本当はこうしたいのに、様々な理由で違う「役柄」を出してしまう、ということがある。

 

本当はそうじゃないのに、周りの目があるとか、自分を出すことにブレーキが働いて、違うキャラを演じる。

 

こうなるといけない。

 

そうではなくて、普段の生活をどのような物語にしているか。

 

朝の目覚め方から始まって、1日をどのように過ごしているか、そこにどのような「物語」があるのかを自覚しているか。

 

どんな服装をして、何を食べて、誰と会って、どんな会話をしているか。

 

そうやって、毎日毎日物語を紡いでいる。

 

そうしたことに自覚的になって、物語のグレードアップを考えてみよう。

 

それは、自分にふさわしいのか?

 

そのことは、自分の物語で必要なのか?

 

もしそうではないものやことがあるのなら、変えられる範囲から変えていけばどうか。

 

何がなんでも自分を主人公にしないと、神様に申し訳が立たない。(笑)

 

今すぐ変えなくてもいいけど、このことも物語を構成しているんだ、という自覚は必要でしょう。

 

今日も1日、主人公でいこう。