自分をもう一人の自分が見ている
こんにちは。
てらぴーだよ。
うだるような暑さの1日が終わっても、暑さそのものは、まだ居座っているのに、手帳の時間です。
突然ですが、みなさんは、今日どれくらい「ぼんやり」しましたか?
ぼんやりすると、ひらめくらしいです。
作業療法士の菅原洋平さんがお書きになった、
『「ぼんやり」が脳を整理する』
(大和書房)
「はじめに」で、リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見したニュートンを引き合いに出して、
「歴史上の偉人や発明家は、(中略)ぼんやりしていたり、全く関係ないことをしているときに突然、歴史的なひらめきが生まれた」
と書いてます。
ひらめいて、課題を突破するには、「仕事とは関係ないことをする必要がある」そうです。
なんだそうか!「ぼんやり」なら任せとけ。
というわけで、みなさん、ぼんやりしましょう。
と言っても、ただぼんやりすればいいというものでもなくて、ぼんやりのためのNG行動とか、良いぼんやり悪いぼんやりなどについて書かれています。
忙しい毎日の中で、ぼんやりすることは大切かも。
だからと言って、時間を決めたり、時間帯を指定するのはどうかと思います。
「さあ、これからぼんやりするぞ、時間は5分だ」と言われても、嬉しくありません。
「これから毎日、3時からがぼんやりタイムです」と決められても、ぼんやりできるとは限りません。
何かに集中してて、ふっと気を抜いたときに、ひらめきがあるのでしょう。
とはいえ、そんなに簡単にコントロールできるとも思えません。
ひらめきはやってくるものですから。
引き寄せるものではないような気がします。
かねて尊敬している小山薫堂さんは、アイデアが出ないとプールに入って、限界まで潜り、神様からこう言われている状況を作るのだとか。
「どうだ、苦しいか、アイデアを出さなかったらこのままだぞ」
で、がまんしきれない薫堂さんは、
「分かりました分かりました、アイデアを出しますよお」
と答えてアイデアを出すそうです。
自分で自分を追い込む、そしてそれをもう一人の自分が見ている。
メタ認知の世界ですね。
「ああ、自分はいま考えに詰まっているなあ」とか「自分はいま、麦茶を飲みました、それからどうしようというのでしょうか、あ、おもむろに立ち上がりました、どうやらトイレか、トイレで解決策を出そうというのか?」みたいに、自分実況中継をして見るのもいいかもしれません。
実況中継っぽく、今日の自分のハイライトを思い返してみましょう。