食事内容に現れる自己肯定感

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

昨日のレシートスクラップです。

 

うっかりしててスクラップ帳を買い忘れ、今日の午後に作りました。

 

レシートは、何を買ったのかわかるので、重宝します。

 

「食費いくら」という金額だけだと、何を食べていたのかわかりません。

 

献立を書いている人や、写真に撮っている人も見かけます。

 

生活のログ(記録)を残しやすい時代です。

 

どんなものを食べていたのかの記録は、自分をどのように育てようとしていたのかの記録でもあります。

 

よく言われることですが、食事なのか餌なのか。

 

そこに、自分をどのように考えているのかが、表れていると思います。

 

つまり、食材や食料品の選び方に、自己肯定感のありようが見て取れるのではないでしょうか?

 

自分にふさわしい食事なのか。

 

その自分とは、どれくらいの人物として自分に認識されているのか。

 

例えば、お肉を買うとして、100グラム100円程のお安いお肉が似合うのか、それとも、100グラム500円ぐらいのお肉を食べさせたいお方なのか。

 

自分にとって大切な人だったら、奮発しますよね。

 

あるいは、これだと失礼にあたるかも、と考えたりするかもしれません。

 

逆に、どうでもいい人だったら、まず、おもてなししようとは考えませんよね。

 

これでいいや、とあんまり考えずに選んでしまうのではないでしょうか。

 

そしてそこに、これだと失礼かな、という思考なんてありません。

 

その相手が自分だったら。

 

自分を高く見てますか?それとも卑下してますか?

 

自己イメージは、どれくらい高いですか、それとも?

 

人は、自己イメージに見合った生活を送ると言われています。

 

服装なんかもそうですよね。

 

金銭だけでなく裕福な人が、みすぼらしい格好はしてませんし、反対に、その日の生活にも困る人が、頭のてっぺんから足の先までブランド品、ということもないでしょう。

 

どのような食事を自分に許すのか、そこにも自己肯定感が現れています。

 

レシートを見ながら、これは自分らしいのかどうか、捉え直してみるのもいいかもしれません。