日記を書くことは、明日に自分に今日の自分をバトンタッチすることかも
こんにちは。
てらぴーだよ。
今季初足湯の夜に、手帳の時間です。
今日1日を丁寧に振り返りましょう。
意外と冷え込んだ一日でした。
そのせいか、足のしもやけ(血行不良)が再発。
足の指先がかゆくてたまりません。
見ると真っ赤になってるし。
以前は、「冬なのに水虫?」と勘違いして、スプレータイプの水虫の薬を噴射してましたが、一向に改善しません。
それが、ある人からのアドバイスで、「しもやけ」ではないかと。
ネットでも調べましたが、どうやら「しもやけ」。
熱いお湯と冷たい水に交互につかる、という「療法」で、去年からは対応できるようになりました。
血行不良の原因には、筋肉の衰えもあると聞き、気をつけてはいたのですけれども、どうやら足の筋肉増強には失敗したようで、今年も「しもやけ」とお付き合いです。
バスタブに深さ20センチぐらいお湯を張って、足湯みたいにしてつかり、十分温まったら、今度は洗面器で水に浸す。加えて、流水にさらす。
これを今日は3セット行いました。
しもやけの方、足先が真っ赤になっててかゆい人、冷え性の人はお試しあれ。
それにしても、筋肉が衰えるのが早い。
歩いたりして使わないとすぐに落ちますね。
体もそうですけど、頭も心も日ごろから鍛えないと、つまりは刺激を与えないと、通常の働きさえ難しくなっていくようです。
特に年取って、「介護の施設」に入ったりすると、外出も許されずに、身の回りのことは何でもしてくれて、それで返って一気に老け込む、ボケだす人が多いのだとか。
だからある人に言わせれば、一人暮らしを続けるべきで、介護施設には入らないほうがいいんだそうです。
「孤独死」の在り方も、見直されてくるのかもしれません。
「孤独死」を避けるあまりに、「一人暮らし」をなくすというのは、方向性が違うのではないでしょうか。
自分にできることを大事にして、生活にいそしみたいものです。
そこで重要になってくるのが、「書く」という行為。
紙に向かって、ペンをとって、自分の手でものを書く、それだけは、ボケても何しても、死の直前まで続けたい事柄です。
野帳に何か書きつけていて、ポトリとペンが落ちたと思ったら、てらぴーはこと切れていた、なんて理想です。いまのところ。
書けるということは、筋肉が動くだけでなく、頭も働いているということです。
何か書きつけることがあるということは、何かに心を動かされたからでしょう。
お年寄りに俳句愛好者が多いのも、そのせいもあるのかもしれません。
いつまでも、というのは無理ですけど、出来るだけ長く、体が動き頭が働き心がときめく、そんな状態をキープしておきたいものです。
そのためにどうするか、今日を今を生き切るしかないでしょう。
我慢していたら、いつの日にか何かがよくなるということはないのですから。
かけがえのない今日という日もあとわずか。
せめてこれだけは明日の自分に伝えたい、ということを手帳か日記、野帳に書きつけて、それから布団に入りましょう。
今日俺はこうだったよ、明日はよろしく、そんな思いを明日の自分にバトンタッチするのです。