ノートを取る、メモを書く、その筋肉を鍛えましょう

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

冬支度で外出した日の夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

学校が、部分再開されたのか、制服姿の小中学生を何人か見ました。

 

少しづつ再開されて、夏休みは無くなり、9月入学も消え去るのでしょう。

 

せっかくの機会だったのに、これでまたしばらくは、実現できるめども立たないのではありますまいか。

 

さて、そうなると、生徒が学校になじむ体を取り戻すのに、どれくらいかかるのか、気になります。

 

長時間机に向かう体は、この自粛で、すっかり様変わりしていることでしょう。

 

集中して人の話が聞けるようになるには、1か月はかかるのではないか。

 

その間、授業が成立しないかもしれない。

 

家でなら、休憩もし放題だし、なんなら飲み物を飲みながらお勉強もできたのに。

 

学校というのは、生徒に同じ姿勢を強いてくる場でもあったのです。

 

ノートを開いて、字を書く、書き続けるというのもまた、修行のたまものなのかもしれません。

 

自粛中の家庭学習で、どれだけ字を書いたのか。

 

筋力に加えて、集中力が求められるのでしょう。

 

パソコンやスマホの浸透で、字を書く機会は減ってきているように思います。

 

大人でも、長時間字を書く機会はそれほどないのではないですか?

 

もしかしたら、手の感覚が変わってきているのかも。

 

そして、それは手の感覚にとどまらず、脳の在り方にまで影響してくるのではないでしょうか。

 

字を書くという入力装置は、思いのほか、思考の在り方に影響していると思うのです。

 

書きながら考えるというように、「字を書く」ことと、「考える」ことが分かちがたく結びついている。

 

なので、実験したことはありませんけど、両腕を使えないように、動かせないようにしたら、考え方も変わるのではないかと思ってしまいます。

 

なので、字を書くことから離れると、頭の働き自体が下がってしまう。

 

字を書くことにまつわる筋肉の動きや、皮膚感覚、目との連動など、活性化している範囲は多いと思います。

 

万年筆やシャーペンが紙の上を滑っていく「音」なんかも、書き味に含まれてますよね。

 

いわば五感を活用して、字を書いている。

 

特に、大人生徒を問わず、お勉強などで「まとめのノート」を作ろうと思ったら、ノート上の構成なども考えるでしょう。

 

箇条書きにしてみたり、矢印を多用して図示したり、あるいは、マインドマップふうに、全体をまとめたり。

 

その時は、字を書くだけでなく、もっとビジュアルなイメージが、頭の中に展開していることでしょう。

 

ノートテイキングは、ですから、頭の活性化でもあるのです。

 

そしてそれは、筋肉と同じで、使わないとすぐに動かなくなるのです。

 

毎日の積み重ねは、ここでも大きな威力を発揮します。

 

最初は、丸写しから始まったとしても、書いていくうちに、自分なりのまとめ方とか図示の工夫が上達することと思います。

 

読んでいるだけ、見て終わりでは、頭に残りません。

 

小さな備忘録的なメモから始めてもいいでしょうし、最終的には、全体の要約、自分に必要な情報の選択がメモとして残せれば、活用もまた向上すると思います。

 

それは、メモの筋肉を鍛えていくことなのです。

 

情報に接して、取捨選択をして、必要なものを活用できる形で書き記す、そのためにも、日々メモを手で書きましょう。