世界は多層だし、個人の生活も多層だ

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

いつの間にかお盆だの夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

いつの間にか世間では、サマーセールだったり、お盆休みだったり、ゲリラ豪雨だったりします。

 

セミが鳴いている一方で、気の早いコオロギの鳴き声も聞こえてきます。

 

さすがのコロナも、季節の音は変えられないでしょう。

 

私たちの生活は、極めて多層な構造をしていると思います。

 

まるで川の流れのように、すぐに波打ったりして変化が激しい上層もあれば、ほとんど変化せずに流れていく底流もあるのです。

 

政治や経済、国際関係のように、何か事が起きると、大きく変わっていく世界もあれば、人々の生活やそれを支える精神の在り方のように、長く変わらない変わりにくい世界もあることでしょう。

 

個人の生活においても、毎日だと分からないかもしれませんが、毎年で見てみると、変化しているところもあるでしょうし、もう長年何年もあるいは何十年も変わらない側面だってあるでしょう。

 

仕事とか境遇、一人暮らしなのか家族との生活なのかといった、大きな変化もあれば、個人の好みでコロコロ変える日用品のような変化もあるでしょう。

 

それらとは逆に、長く変えていない「信念」のような事柄もあれば、高校生の時から歯磨き粉はこのブランド、といった自分のなかのロングセラーもあるでしょう。

 

目まぐるしい変化を示す層と、いつもと同じようにたたずむ層、様々に組み合わさって、個人の生活が織りなされ、また大きな歴史の流れも構成されるのです。

 

それはあたかも、新聞の紙面構成のバラエティさにも通じることです。

 

世界は多層である。

 

個人の生活でも、世間の流れと強くつながっている部分と、あまり影響を受けない部分があると思います。

 

しかもどの部分がそうであるのかは人それぞれ。

 

コロナ禍で、深刻な影響を受けている人もいれば、ダメージは直接的ではないという人もいるでしょう。

 

生活や生き方といったものが、大きく、マイナスに変化した人もいるでしょうし、逆に、プラスにとらえられているという人もいるでしょう。

 

自分の生活のどんな層が影響を受けやすいのか、底流とみなせるのはどんな側面なのか、これを機に考え直してみるのもいいかもしれません。

 

自分の生活というものは、いったいどんな層からできているのか。

 

変化に強いのか、流されやすいのか。

 

大事にしたいのはどんなことなのか。

 

変えてもいいのはどんなところで、変えたくないのはどんなことか。

 

コロナ禍が私たちの生活を大きく変えようとするとき、または、変えられようとする時、それでも自分個人としてはここのこの部分は変えたくない、そんな部分があるとしたら、それはどのようなことなのか、考えるだけでなしに、書き出してみて、自分の価値観の根源を掘り下げてみましょう。

 

多層なはずの世界が、単純な図式でもって、個人の自由とか平等に踏み込んでくるかもしれません。

 

その時に、流れに乗るのではなく、自分で考える癖をつけておかないと、あっという間に、「それを支持したその他大勢」にされるかもしれませんから。

 

あの戦争にも、どこかで、その時には引き返せないどこかで、大勢の熱狂があったのです。

 

自分の生活を大切なものにするために、日々の考えなどを書き記すことが、思想の防波堤となるのです。