2021年の手帳は日記が流行るだろう、感情が大事にされるだろうから
こんにちは。
てらぴーだよ。
地震があった夜に、手帳の時間です。
今日1日を丁寧に振り返りましょう。
本日「未明」とニュースは伝えるもののまだ暗い2時50分。
地震がありまして、そこそこ揺れました。震度は3だそうです。
目が覚め、しばらくは寝つけませんでした。
ふう、生きてますね、地球。
固定された「いつまでもこのまま」なんて一つもないのに、変化にはびっくりしてしまいます。
一方で、今夜は満月です。
今夜が満月になることは計算で分かっていたのでしょう。
なので、去年買った手帳にも、今日が満月だと印が入っています。
そして、今日の満月を疑ったりはしません。
予定通り進むものと、イレギュラーなもの。
けれども本来は何一つ確かではないのでしょう。
今夜の満月も、未明の地震も、ただ起きたのであって、そこに意味などはないのです。
意味などないと分かっていながら、意味を探るから苦しくなる。
起きたことは起きたこと、起きなかったことは起きなかったこと。
そこに価値などありません。
でも私たちは、起きたこと起きなかったことに意味を付け足して、生活に色どりを加えているようです。
そうした生活の営みというものは、日々の出来事に意味を見出して、紡いでいくものなのかもしれません。
だとするならば、あれが起きたこれが起きた、こんなことは起きなかったといった「事実」だけに埋没させないで、そこに自分なりの意味、すなわち感情を書き加えて、日々を綴っていけばどうでしょう。
毎日の生活は「事実」だけから成り立っているのではないのですから。
様々に動く感情という「価値判断」、まずは自分の素直な気持ちを書いてみることです。
そこにはもしかしたら、自分でも意外な感情が生まれているかもしれません。
世間体というバリアを外したら、思いもかけなかった本心が表れてびっくりするかもしれない。
でもそうした感情の集合で、自分が成り立っているのだとしたら。
否定しないで認めてあげましょう。
今日、何が起きてどんなことをして、その時々に、どんな気持ちになって、それを忘れないうちに書き残しておくのです。
湧きあがる感情は一つではないかもしれません。
かすかに感じた弱い感情もあることでしょう。
それらを、丁寧に見つけてあげましょう。
来年度の手帳のトレンドは、日記形式のものに注目が集まるかもしれません。
マインドフルネスの流行とも相まって、自分の内面に降りていく、そんな1日の振り返り方が、日記に反映されると思います。
仕事上のタスクを書いて終わりにするのではなく、ToDoのチェックを1日の終わりにするのでもなく、今日自分はどう生きたのか、喜びで1日を終えるのか、そんな内面の充実度こそが求められるのではないかと予測します。
「モノ」に振り回されるのではなく、キャリアが自分になるのでもなく、自分の感情を中心とした生活に、今まで以上に意識が向けられるのではないでしょうか。
そしてそこから、自分の感情のありかから、生活を組み立てていく、そんな生活が、コロナ禍の後で求められると思ってます。
こんな時代でも、生活を楽しむ。
そして、繋がっていければいいなと思っています。