コロナ禍は変革の時、時代の証言者になろう

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

今のところ積雪なしの夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

積雪はなかったものの、風が冷たくて、しかも時折り暴風雨。

 

歩く進路をかってに決められそうでした。

 

向かい風ともなると、傘なんて差していられません。

 

降雪は大したことなくてよかったけど、たまに、正面から飛んでくる「あられ」は、体中に銃弾を浴びたよう。

 

痛いよ、あられのくせに。

 

さて、週末月末です。

 

1月を振り返る準備をしましょう。

 

数字で計測できることはありますか?

 

何をもって、ひと月の充実度を測れるのでしょうか?

 

やり遂げたことは何で、やり残したことは何でしょう?

 

どんなことを教訓や気づきとして、来月の自分に送信しますか?

 

このまま1年続けることと、今月で手を切ったほうがいいことは何ですか?

 

「最高だったなあ!」は、いつの何のこと?

 

「サイアク!」があるとしたらどれで、今から挽回できますか?

 

2021年、最初のひと月を乗り越えた自分にどんなご褒美を上げますか?

 

まだまだ続くコロナ禍ですが、大きな変化が起こっている、そしてこれからも起こることは確実のようです。

 

もしかしたら、とんでもない変革、革命にも似た社会の様変わりに、遭遇しているのかもしれません。

 

後で、何十年か後、歴史の教科書に載るレベルの変革。

 

その時、あなたのお孫さんから、当時(つまり今)の話をせがまれても大丈夫なように、時代の証言者になりましょう。

 

おそらく、アメリカの同時多発テロとか、東北大震災以上の、事件というよりは変革なのですから。

 

しかも、当事者。

 

同時多発テロなら、日本にいて、いわば外部から見ていたにすぎませんが、コロナ禍は外野で安心して見ているわけではないでしょう。

 

まだ感染していなくても、「まだ感染していない」だけ。

 

ワクチンの接種が始まれば、するでしょうし、何より自粛騒動の渦中にいたではありませんか。

 

どこにも、人ごとの要素なんてありません。

 

でも考えてみたら、世の中のたいていの問題、課題にも、他人事ではない関わり方をしているのではないかと思います。

 

それは想像力の問題。

 

少し頭を働かせれば、自分に関わってくるのが見えてくると思います。

 

「自分事として考える」というのも、あちこちでよく言われていることですが、これからも大切な視点となり続けるでしょう。

 

一方で、社会の分断が進み、自由や平等が脅かされていく傾向も増えていくのかもしれません。

 

どこで踏ん張るのか、どちら側につくのか、自分なりの選択が問われることとなるでしょう。

 

そのためにも、日々の鍛錬は欠かせません。

 

体をよく動けるように保ち、頭のメンテナンスにも気を配り、感情も適切に働くよう、何を入れ何を出すのか、吟味していかねばなりません。

 

腐った牛乳を飲むと、おなかを壊すように、間違った情報を頭に蓄えると、誤った判断をしてしまいますし、感情が過度に不安定になっても、生活に支障が出るでしょう。

 

この時代の証言者となるべく、日々どんな情報に接し、何を記録するのか。

 

あなたの日記や手帳が、時代の記録となるかもしれません。