先延ばししてもいいと思えるこれだけの理由

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

寒さで「涙が出ちゃう」(アタックナンバーワン)夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

前にも話したことだけれど、寒い中、自転車を飛ばしていると、メガネの内側で乱気流が起きて、その冷たい空気が眼球を刺激して、ひとりでに涙があふれ出てきちゃう。

 

知らない人が見たら、なんであの人は泣きながら自転車をこいでいるのか、よほどの事情があるに違いない、といったふうに「今日の話題」を提供しているかも。

 

というわけで、涙の自転車乗りてらぴーです。

 

空模様は、青空も顔をのぞかせていて、いい感じなのに、空気に冷房がかかってます。

 

ちょうどぺギラ(ウルトラQ)の吐く息にあたるとこんな感じ。

 

明日は気温もそれほど低くもないようだし、明日に期待しよう。

 

ところであなたは、明日に期待したことがどれくらいあるでしょう?

 

僕は毎日のようにあります。

 

今日はもうここまで、残りは明日やろうとか、今日はいろんな意味でだめだ、明日やろうとか。

 

まるで明日になったら、新しいエネルギーがどこからか湧いてくるように思えたり、今日は行き止まりだけど、明日になったらすいすい進めるルートが見えるに違いないとか。

 

でもそれって、先延ばし。

 

今日することを明日に伸ばすな、今日やることを明日やるななどと、先人の教え100には必ず入ってますよね。

 

「明日(あした)やろうは馬鹿やろう」という、きつい一言もあります。

 

でも、なぜそこまで「先延ばし」が嫌われるのでしょう。

 

締め切りに間に合わなくなるから?

 

一緒に仕事をしている仲間に迷惑がかかるから?

 

だらしのなさがエスカレートするから?

 

結局いつまで伸ばしがちになるから?

 

明日にしようと延ばしても、きっちり明日中に終えれば、セーフとはならないのでしょうか?

 

締め切りを過ぎていたら問題ではあるものの、そもそもぎりぎりの締め切りの設定がおかしい。

 

「この仕事は今日まで」と言われても、少しぐらいの余裕はあるのではないでしょうか。

 

今日までに出来なかったら、もう何もかもがおしまい、ということもないでしょう。

 

まあ、そこまでいくと、根回しとかコミュニケーションの問題になってくるのでしょうけれどね。

 

何かしらの調子の波というものは、誰にでもあるものだから、今日様々な理由でパフォーマンスが落ちているのなら、気持ちを切り替えて明日に伸ばしてもいいのではないかと、基本的には思います。

 

100パーセントに仕上げなくてもいいとか、完璧を目指すと苦しくなるといいますが、どのあたりを「完成形」とするのかも、仕事上のスキルというよりは、事前のコミュニケーションの持ちようで何とか出来るのではないでしょうか。

 

この仕事はこんな形になったら、ひとまず「終了」としていいとか、締め切りはいついつだけど、余裕がこれくらいあるとか、過度のプレッシャーとなる前に、押さえておきたい互いの了解事項というものも存在すると思います。

 

また、いったん完成した後で、修正ができるのかできないのか、できるとしたらどれくらいか、といったことも「先延ばし」には大切なポイントとなるでしょう。

 

一概に、先延ばしは良くないとか、認めないということを了解事項とか仕事の文化としないで、「こんな場合はありだけど、これはないよね」といったことが共有されていたほうが気が楽ではないですか?

 

さらに言うと、先延ばしが頭に浮かんだらしないといけない5つの教えとか、先延ばしをした後の身の処し方10の法則とか、先延ばしをしないための3つの心構え、なんていうものが、冊子か何かの形で「見える化」されていると助かる。

 

明日やろうか、いやいや、明日のスケジュールを考えたら終わらせないと、と無理するのもありだし、明日やろう、こうこれ以上は無理だ、それに明日はこの時間帯に何も入ってない、と気持ちを切り替えるのもあり。

 

無計画に、後先考えずただ延ばすのだけは避けたいところですよね。