読書家の読み方は初心者には参考にならない

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

ご飯を食べた後ものすごく眠くなる夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

糖尿病かも?

 

先ごろ訃報が発表された評論家の立花隆さんもそうだったけど、世に読書家の人っていますよね。

 

古くは山口昌男さんとか林達夫さん。丸谷才一さんに井上ひさしさん、とくれば司馬遼太郎さんも忘れてはならない。

 

新しいところでは、佐藤優さんとか齋藤孝さんあたり。

 

個人的には、高橋源一郎さんも相当の読書家と見ている。

 

読書家の人たちって、本を読む一方で、本の読み方についても本にしてますよね。

 

その本の読み方で、最近の傾向だと思うことに、「本は全部読まなくていい」という言説があるように思います。

 

確かに、1冊の書物に書かれてあることが、すべて必要かと言えばそうでもないかもしれない。

 

第一、すべてを消化することもできないでしょう。

 

というので、全部読まなくていいという物言いが広まっていったのでしょう。

 

けれどもそこには、教養を巡る落とし穴があるようにも思うのです。

 

それは、「1冊全部読まなくていい」という人は、その段階でかなりの読書家である、という事実です。

 

そういう人は、それまでのたゆまざる読書の遍歴というか絶対的な経験がおありだと思います。

 

したがって、知識の土台はできているし、一を聞いて十を知るような思考回路も発達しているものと推察します。

 

そのような人が、目次を見て、この本の中心はこのあたりだと見当をつけ、試みにそのあたりをパラパラとめくり、「お!」と思ったところを少し読んでみる。こうして、その本の初めからおしまいまで読まなくても、筆者の主張の大体は分かる。こうして1日に何冊もこなしていくと、読書の要諦を書いていたとしても、素人の我々は信用してはなりません。

 

それまでの、おそらくは10年以上にわたる読書の経験から身につけた読み方なのであって、初学者、ありていに言えば素人が、まねしようと思ってもできるはずもありません。

 

初心者は、まずはきちんと最初から順番に読み進めたほうがいいと思います。

 

もちろん、途中で面白くなくなったらやめても構いません。

 

内容が理解出来なかったら、著者のせいにするのもありです。

 

けれどもまずは、読み通す方が、のちの読書のためにもいいと思います。

 

つまみ食いのように数百ページの内の数十ページを読んで、その本全体を読んだとは思わないほうがいいでしょう。

 

たとえ、線を引いてみたら線だらけになったとか、付箋を貼ったら付箋だらけになった、としてもです。

 

自分が面白く読み進められる本を読みとおしたほうがいい。

 

第一、つまみ食いで読んだとしても、気になった言葉やフレーズは、その本の一部からのものでしょう。

 

その本の要点だという根拠がありません。

 

たとえ誤読だとしても、1冊読みとおしてつかんだほうがいいと思います。

 

世の中には、本の一部を拾い読みして、それで読書になるとのノウハウというか読書術がありますけど、君子危うきに近寄らずを決め込むほうが得策だと思います。

 

中には、読まずに内容を知る読書術もあったりして、もう別世界に行っちゃってます。

 

つまみ読みが成立するのは、土台を作ってから、それまでは、地道に読んでいたほうが結局は、血肉になると思います。