チョコ食いすぎたけどチョコ食べたかったわけではなかった
こんにちは。
てらぴーだよ。
さらに冷え込んだ感のする夜に、手帳の時間です。
今日1日を丁寧に振り返りましょう。
チョコレートが好きで、時に食べ過ぎてしまうことがあります。
と言っても、板チョコで、ロッテのガーナ一筋。
自分で、大体1日分はこれくらいかな、という基準とも呼べない基準があって、それを越えると、「あ、食べすぎか」と警告が走る仕組みになってます。
食べすぎと言っても、50グラム。
ガーナ1枚分。
これを1日で食い尽くすのが、果たして多いのかどうなのか、基準が分かりません。
それで、自分の中では1日に半分なら許そう、という体との妥協線がほぼ確定してます。
でも昨日かな、どこにあるのか不明ではあるものの、ブレーキが壊れて、あっという間に1枚平らげました。
さらに買い置きがあったものだから、そちらにも手が出て、4分の1ぐらいは食べたでしょうか。
1日にガーナを1枚以上なんて、自分史上最高値。
いったい何があったんでしょう?
こういう時、味わうというよりは、流れでただ口に入れてるだけのような気もします。
胃袋がカラであるとか食欲以外の原因が、チョコを吸い込むのでしょう。
おそらくは、心のどこかに何やら得体のしれない穴が開いていて、とにかくそこを埋めようと、何かで埋め合わせをするのでしょう。
ですから、僕の場合はチョコでしたけど、人によってはほかの食べ物であったり、食べ物じゃないこともあるに違いありません。
なので、ある程度を越えたら、それはもう正常な食欲ではなくなるのでしょう。
そして、場合によったら、食欲以外の欲も喚起されるのだと思います。
読みもしないのに、やたらと本を買いあさるとか。ああ、これは僕も覚えがあります。
使えないのに、新しい文具を買いこむとか。ああ、そう言えばそんなこともありました。
あるものをコレクションするのだけれど、すぐにあきてしまって次のものに収集癖が移る。これは、僕の場合はないかな。
というわけで、何かで何かを埋めようとしていたら、それは正しい欲ではないのでしょう。
スケジュールの空白なんかも、空いているのが気になる人もいるようです。
僕も昔は、『ぴあ』を片手に、手帳を埋めてましたっけ。
ほとんど消化できませんでしたけど。
モノを集めたり、いつもより多く食べたりするその背後に、ブラックホールのような、いつまでたっても満足とはならない「穴」が開いていないか、気をつけてみてはいかがでしょう。
本当にそのことが好きでしているのか、それともほかの欲望にそそのかされてしているのか、見分けていくことも、自分の精神を健全に保つのに役立つと思います。
味も分からなくなるくらいチョコかじったけど、チョコをかじりたかったわけではなさそうです。でも、ガーナはなめらかでおいしい。