野帳が好きだ、だから書く
こんにちは。
てらぴーだよ。
野帳が終わったよ。
8日で一冊、いいペースです。
読書をして抜き書きをしたり、考えていることを書き出したりすると、書く分量も増えてきます。
反対に本は読まない、書いてる時間もない、という状態だと、野帳のページも埋まりません。
頭と心をどれくらい動かせたのか、というバロメーターになってます。
体だと、食欲のあるなしとか、ぐっすり眠れたかどうかなど、体の健康をはかる基準には、分かりやすい指標があります。
体重だって、毎日測ると、今の体の状態、すべてではないにしても、数値で示すことができる。
でも頭の健康状態とか、生産性とかは、なかなか分からない。
数値にできないし、何で測れば良いのかも分からない。
心だって、良好かどうか、ストレスがたまっているかどうかなど、おおざっぱにははかれても、昨日と比べて何%違うかまでは判然としない。
だから、何か基準というか、指標となるものが必要です。
読んだ本のページで判断するとか、瞑想をしてみてどれくらい集中できるか、といったことも目安にはなるでしょう。
少しの問題もなし、100パーセント大丈夫、というのはありえなくて、何かしら問題は抱えているはず。
パーフェクトじゃない自分を愛そう。
人生って、なんか、そんなキャンペーンかも。
ただ生きていく、というのではなくて、自分に与えられたスペックを、どう活かしていくか。
他の動物に比べて、ヒトは「個体差」が大きいのではないか。
その個体差、能力差をどう活かしていくのか。
足が早くないのに、早い人をうらやましがっててはいけない。
それよりも、自分の持ち味は何か。
それは「好き」の中にある。
自分がどうしても好きなもの、あるいはこと。
それを発見して活かしていく。
「好きこそ物の上手なれ」って、だから、真実だなあと思います。
野帳、手書き、そして文房具。
この辺りを中心に、これからも生きていくのでしょう。
新しい野帳が始まりました。