手帳は、バロメーターです
こんにちは。
てらぴーだよ。
目まぐるしく変わる空模様の夜に、手帳の時間です。
今日1日を丁寧に振り返りましょう。
能登の方は結構な積雪なのに、こちらは全く積もってません。
ただ、天候は変わりやすく、5分おきくらいに、晴れ間、雨、あられ、雪を繰り返しています。
風が冷たくて、外気に触れる顔の一部や手など、凍えています。
例年のこととはいえ、何年経験しても、つらいのは変わりません。
例年のこととはいえ、楽しみなのが、手帳です。
新しい年への期待にあふれてます。
もちろん、何を書くか決まってませんが、楽しいことのオンパレードでありますように。
去年と違って、今年は、「微熱」でも大変です。
以前ならば、微熱があるけど仕事は休めない、というのが結構当たり前でした。
でもコロナを経て、「微熱」は「もしかしたら」のサインかも。
微熱の意味合いが変わってきたのです。
うがいや手洗い、手指のアルコール消毒、ここまで普及することもなかったでしょう。
自分なりの「体調」に関する基準も、しっかりと持つべきなのでしょう。
体調に限らず、頭や心の健康具合にも、基準からのずれを計測する、バロメーターが必要だと思います。
ふだんの「よく動いている」状態から、今日のそれは、どれくらいずれているのか。
思い通りのパフォーマンスができているか。
快調なのか、微熱レベルなのか、注意しなければならない事態なのか。
体の異変は、食欲や微熱のあるなしである程度判定できますけど、頭や心はどうでしょうか。
自分なりのバロメーターを持つべきだと考えます。
どれだけ手帳を記入できたか、特に野帳に関しては、今日何ページ書けたのか、気にするようにしています。
手帳の記入欄は、スペースが決められているので、調子がいいからといってどこまでも書けるわけではありません。
でも野帳は、要するに、小さなノートなのですから、興が乗れば、いくらでも書けちゃいます。
その分量をページ数で比べることで、頭と心の調子が推し量れる、と信じているのです。
ただし、ほとんど何も書けなかったからといって、すぐに調子が悪い、ということでもないようです。
何か大切な用事に没頭して、手帳を開いたり野帳を取り出したりするのが後回しになることだってありますから。
逆に、たくさん書いたからといって、絶好調ともいきません。
悩み事や不安などが、底深いからかもしれませんので。
でも、書いた分量とその内容を読み返すことで、自分の頭の状態や心の健康度を推し量れるのは事実だと思うのです。
そして、体だけでなく、頭や心に関しても、健康度、つまり、良く動いているのか、何か詰まっているのか、元気をなくしているのかを推し量るバロメーターがあればいい、というか、持つべきなのではないでしょうか?
体だけでなく、頭や心、すべてに関して、その不調には、何かしらの前兆があるのではないか。
微熱があるときに、その微熱にいち早く気づくこと、気づいたらその原因を探って、早急に対処すること。
そのためにも、何かしらの、毎日の調子の良しあしを測れるバロメーターが必要になるのです。
そして、原則毎日目を通す手帳の類は、そのバロメーターとしても、優秀なのではないかと思います。
手帳を活用することで、精神の健康や気持ちの浮き沈みに、敏感になりましょう。