今日の成果を何で測ればいいのだろう

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

ズボンの中には密かに「レッグウオーマー」、な夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

今日のあなたはどうでしたか?と問われたときに、何を思い浮かべるでしょうか?

 

「今日の成果」を具体的にどんなことで計測できますか?

 

もちろん、何が成果でどれが成果ではないのかなんて、本人にしかわからないことではあります。

 

ここで重要なのは、その成果と成果を測る物差しが、「他人から与えられたものかどうか」ではないかとおもうのです。

 

もちろん仕事においては、他人、つまり上司などの評価が大きいのでしょうけれども、ある程度までは左右できても、完全に他人の評価をコントロールすることはできません。

 

それよりも、自分なりにどうだったのか、という視点を持つことが大事なのだと思います。

 

どんな仕事であれ、自分の評価と他人の評価は重なっていると考えるからです。

 

結果を出したのに、全く評価されてない、というのは考えにくいし、まだまだ不十分だったのに、最高の評価をつけてもらえた、というのもあり得ないでしょう。

 

もし自分の評価と相手のそれが全くかけ離れているのなら、そこには「客観的な評価軸」とは別の何かが介在しているのだと思わざるを得ません。

 

もしくは、評価の仕方がとてもあやふやであるか。

 

それよりも大切なのは、自分として自分の生き方をどれくらい実現できているかではないでしょうか。

 

昭和の時代とは違って、会社などに自分の人生を100パーセント預けているわけではないでしょう。

 

仕事も大事ですが、プライベートの充実も大切です。

 

生涯をかけて、自分の人生を通して、何を表現していくのか。

 

もちろんその具体的な表れは人それぞれですが、そこにどれだけのエネルギーを注げているのか。

 

そのことが、今日1日の充実感となって表れると思います。

 

仕事に完全燃焼していたとしても、個人としての生活があるはずです。

 

個人としての交友関係や、趣味の広がりや、何より、家族としての活動を抜きにしてはなりません。

 

はっきりとした、数字で示せる「成果」が出なくとも、家族や友人たちとの交友がそれなりに充実していれば、生きる力ともなるでしょう。

 

仕事を離れて、個人として自分を見直したときに、自分のスペックをどれくらい生かしているでしょうか?

 

あなたの頭は、今日(仕事以外に)どれくらいの活躍をしましたか?

 

あなたの体は、今日(仕事以外で)どれくらい機能を発揮しましたか?

 

あなたの心は、今日(仕事以外のことで)どれくらい気持ちのよさを感じましたか?

 

日々の生活は、インプットとアウトプット、それが今日、どれくらい充実しましたか?

 

毎日丁寧に確かめていかないと、自分の成長に気が付かないばかりか、成長のさせ方にも気が回らないでしょう。

 

気にはしなくても、爪が伸びるように、あなたという存在は伸びたがっているのです。

 

ならばどんな栄養を与えればいいのか、捉えなおしてみませんか。

 

あなたの1日の充実は、必ず誰かの人生と絡んできますので。