今日一日を過去に結び付け未来ともつなげていく
こんにちは。
てらぴーだよ。
暑かったけど夕立が来なくてほっとしている夜に、手帳の時間です。
今日1日を丁寧に振り返りましょう。
何かの折に昔の記憶の断片が、ほんとにただの断片が、何の脈絡もなくよみがえることがありますよね、ね?
ふつうは、目の前の何かしらか分からねども、引き金つまりトリガーとなることがあって、それ関連の記憶がよみがえる、というのなら、ああ、(目の前の)「それ」が引き金になったのか、と了解されるのに。
なぜこの場面であの記憶がよみがえるのだ、いったい何がトリガーなのか、皆目見当がつかずに途方に暮れる、ってことありますよね、ね?
わが生涯の記憶のアーカイブスを徘徊している検索エンジンだかロボットがいて、そいつが、唐突に「ほらこれ」てな感じで、記憶をしかも断片を、何の脈絡もなしによみがえらせているとしか思えない。
それを思い出すことで、今現在抱えている問題の解決のヒントにでもなれば、まだ自分のアーカイブスもやるなあと思えるのに、その関連が全くと言っていいほど見えないものだから、せっかく思い出したのかもしれないけど、その断片を広げて見ようとは思わない。
けれども、落ち着いて考えてみると、せっかく記憶の底から浮かんできたのだから、何かしらの関連性はあるに違いない、と無理やり思い込むことにして、これからは記憶を広げて見ようかと思ってます。
毎日いろんな体験をし、様々な情報に触れてもいるのだけれど、どうしても記憶ってやつは、断片になりがちのような気がします。
けれどもその断片が、ある時様々に結びついて、あるストーリーになってくるのでしょう。
その時その時は断片でも、いつの間にかつながって、テーマを持ったストーリーになる。
そんな断片をいくつも持ちましょう。
朝起きることだって、「6時起きプロジェクト」というテーマで、流れを作ることが可能でしょう。
自分は如何に6時起きに成功して、朝時間を確保しているか、6時起きが定着するまでの経緯とか試行錯誤、エピソードなんかを交えれば、立派なストーリーが出来上がります。
朝食だって、食べたり食べなかったり、メニューがばらばらでも、「自分史上における朝食の変遷」というタイトルで、日々の記憶をつないでいくことができるでしょう。
そうした断片をいくつも持つことで、日常が活性化するかもしれません。
惰性で流されるようにただ時間をつぶしていたものが、自分の歴史を語る上では外せないアーカイブスとなるのです。
今日一日のそれは、取るに足らない、日記にも書く必要がないほどの些細なことかもしれませんが、そこに自分なりのテーマを見つけて、つないでいくことで、「歴史」つまり「自分史」とすることができるのです。
今日の経験を過去とのつながりの中で見直し、その一方で、その経験をこれからにつなげていけば、断片は断片ではなくなります。
その時過去は、今につながる歴史として再構成されているでしょう。