限度はあるものの、手帳やノートは大きいほうがいい
こんにちは。
てらぴーだよ。
終日雨の日の夜に、手帳の時間です。
今日1日を丁寧に振り返りましょう。
少しの晴れ間を見せることもなく、降り続く雨。
このあたりだけではないでしょうから、雨の総量としたら、いったい何リットルになるのでしょうか?
それもこれも、もとをただせば、冬の季節風が日本海で含んできた水分。
雲が抱えられる水分というのに、限界はないのでしょうか。
手帳もまた、日々の様々なスケジュールだったり思いだったりを記録してくれています。
でも紙には限界というか制限というか、どこまでも書き込めるわけではありません。
字の大きさにもよりますが、紙の広さは有限なので、おのずと書き込める文字数は決まってきます。
手帳の大きさが、その人の夢の大きさを表す、みたいな言い方がなされることがありますけど、本当にそう思います。
と言っても、現実的な大きさというものもありますから、それに、「商品」としての流通もあるでしょうから、いくら「大きいことはいいことだ」と森永のエールチョコレートのコマーシャルソングみたいにもてはやすことはできません。
立ち読みでしたが、手帳もノートのA4で揃えている、という著者の本を見つけ、ノートとしてはA4はありだけど、手帳のA4はないよなあ、と思いました。
何より、その方が長年愛用していらっしゃるらしいA4の手帳というのを見たことがありません。
せいぜいB5ではないか。
B5でも、手帳となるとかなりの大きさであり筆記面積です。
1日分がマジで広い。
左レフトのウィークリーで、日記も書けそうです。
手帳も商品である以上、やはり「売れ筋」と言いましょうか。よく使われている大きさというのがありますから、そのあたりで選ぶと、書くだけでなく収納などでも便利だし効率もいい。
手のひらサイズからB5あたりまで、いろいろありますが、大きさとしては、A5もしくはB6が、携帯を考えても、収納グッズとの相性でも、ベストなのではないでしょうか。
で、どうしても、筆記に関してメモ欄が心配ですから、ノートの出番ということになるわけです。
つまり、スケジュールはともかく、それ以外のいろんなメモに関しては、手帳だけでは書き切れないので、手帳の紙面の延長として、ノートが必要になるということです。
この、手帳とノートの組み合わせが、最適であり最強にもなり最終的なスタイルになるのではないかと考えているのです。
この組み合わせであれば、「手帳の大きさが夢の大きさ」という文言を損なうこともないでしょう。
毎日を生きるというのは、ただご飯を食べていればいいというものではないはずです。
毎日の生活の中には、未来に向けた活動があっていいし、それが「生きがい」と呼ばれることにつながっていくのでしょう。
今日することは今日だけのことということばかりでは、寂しいではありませんか。
そのことをし続けて、何がどうなるのか、どのような「成果」が見えてくるのか、たとえ成果が見えなくても、その日その日をただ生きただけではなかったなあと、自己満足でいいから、どこかで誇りたい。
そのためにも、今日何をしたのか、それらは明日にどうつながるのか、そういったことを考えて眠りにつきたい。
「今日、何したっけ?ご飯は食べたよな?」という日々を重ねてもわびしいではないですか。
何もしないのなら、何も起こりません。
毎日の生活が、やがて人生と呼ばれるために、手帳やノートがあるのです。
「今日も生きた!」その思いを、自分なりに手帳やノートに記しましょう。