そこか?そこがあなたがいるべき場所なのか?

こんにちは。

 

てらぴーだよ。

 

あんなに鳴いていたカエルはどこに行ったの夜に、手帳の時間です。

 

今日1日を丁寧に振り返りましょう。

 

今日、必要があって、とある公共の場所にいたのですよ。

 

ええ、ええ、もちろん刑務所とか警察署、裁判所なんて言うおっかないところではないんですけどね。

 

もっと穏健なところ、でもそこにいたときに、天啓のようにひらめいたというか悟ったわけですよ。

 

「ここは俺のいる場所ではない」って。

 

違う!俺はこんなところにいるべきではないのだ、いてはいけないのだ!

 

いてもいいとか、いるのもありだなんて金輪際考えるな、と強く感じ入った次第です。

 

そんな風に、人には、人それぞれではありましょうけど、その人がいるべき場所というのがあるのではないか。

 

しかもそこは、その人が自分で選ぶべきなのではないか。

 

自分をどんな場所に置くか、ということもまた、とても大切なことなのではないか。

 

では、自分がいるのにふさわしい場所とは、具体的にはどのような場所であるのか。

 

その場所をみんな見つけようとしているのではないでしょうか。

 

さて、あなたは今どんな場所にいて、その場所のことをどのように感じていらっしゃるのでしょう。

 

しっくり来てますか?自分らしい空間ですか?落ち着けますか?くつろげますか?

 

さらに理想的な空間とか自分がいるべき場所、居場所にはどんなものがありますか?

 

自分が普段どのような空間にいるのか、つぶさに観察して、何かしらの違和感とか「これじゃない」感があるのなら、では自分が自分らしくいられる空間というものはどんなものだろう、ということを空想してみるのもまた楽しいかもしれません。

 

さて、あなたにとって、必要な空間の大きさはどれくらいでしょうか?

 

よく、欧米のセレブなお家だと、ベッドルームが4つとか、バスルームが5つとか紹介されますけど、そんなにあってどうするんだ、と思う、そんなに頻繁に友達なんかがお泊りにくるのか?夜ごとパーティもいいだろうけど、たまには一人になりたくはないのか、その場合は、ベッドルームやバスルームはひとつあれば十分だろう、と「ウサギ小屋」(死語?)の住人は考えてしまいます。

 

まあ、「起きて半畳寝て1畳」までいかなくても、自分に必要な空間を具体的に考えてみるのはいいことだと思います。

 

放っておくと、僕のような無精者は、散らかったら新しい部屋が欲しくなるから。

 

さて、一つの空間があったとして、そこには何があるのでしょうか?

 

何もない空間も今なら流行りのように求められるのかもしれません。

 

究極のミニマリストの部屋ですよね。

 

生活の必需品はほかの部屋にあるとしても、そこそこ広い、何もない空間を持つことは、精神衛生上もいいかもしれません。

 

まあ、それは特別として、自分がくつろげる空間には何がありますか?

 

机?本棚?花瓶と季節の花?大きめのテーブル?それともベッド?

 

理想の自分の部屋には何が置かれていて、その壁には何がかけられているのでしょう。

 

自分が自分らしくあろうとしたときに、どんな小道具が必要ですか?

 

何を眺めて暮らしたいですか?

 

その部屋で何をしますか?

 

こうして、何もない空間を設定して、そこにあってほしい小道具を選定していくと、自分の傾向が見えてくるでしょう。

 

ちょっとした「箱庭療法」みたいです。

 

自分はどんな場所にいるべきなのか、そこで何をしたいのか、そこには他に誰がいるのか。

 

まっさらな空間を思い浮かべて、自分の理想の空間を描いてみることも、楽しい思考実験となることでしょう。